西暦1900年の後半になって、盛んに研究されるようになったロボット、またはアンドロイド関連の技術。
 かつては絵空事として空想の世界の中でしか存在し得ないはずだった「アンドロイド」や「ロボット」の研究が、空想の中
という概念を超え始めたといってもいいだろう。現在はアームロボットやら二足歩行のぎくしゃくした歩きのロボットが出て
いるくらい。それでも研究は日進月歩である。
 だが、ロボットの研究とはまた違ったところで、まったく別の、今までなかったようなものが開発されているとしたら?そ
れも、人類の役に立つというよりは、人間兵器のようなものだとしたら・・・?
 すべては、ひとりの男が考えた、とてつもない構想・・・たったひとりの男が考えたものは、やがてとんでもないことへと
発展していく。

「また失敗か・・・いったい何がどう悪いんだ・・・」
雑然とした薄暗い部屋の片隅で、男は頭を抱えこんでしまった。室内はありとあらゆる書類という名前の紙に占領され、人が
通るところはまるで「ケモノ道」のような有様。生活の匂いというものはほとんど感じられない。
 頭を抱えていた男はふっと顔を上げて、のろのろと目の前にあったノートパソコンのキーを叩く。画面に現れる数式や計算
式は我々が見てもまったく意味不明の物にしか見えないが、男は真剣な目でそれらを追っている。やがてバシッと荒々しくキ
ーを叩くと立ち上がって紙の間をずかずかと歩いて、これまた荒々しくドアノブを引っ張り、バタンと力いっぱい閉じた。パ
サパサという音がして、部屋の中にあった無数の紙が、まるで雪のように乱舞した。
 素足にサンダル、長い丈の白衣をラフに着て、ぼさぼさの髪に手をあてて・・・神経質そうな眼が眼鏡の向こうに見える。
ただ、その眼は青い眼をしており、彼が日本人ではないことがわかる。髪の色も違う・・・
「私の計算に間違いはないはずだ。それなのに、なぜ、こうまで失敗作ばかりが出てくるのだ」
ブツブツと口の中で同じ言葉を繰り返している。廊下ですれ違う人々は男の姿に驚きながらも、仕方ないなという半ばあきら
めの表情である。
 男が向かった先は、もといた部屋からずいぶんと離れた場所。そこは関係者以外立ち入り禁止という張り紙がしてあり、い
かにもなにかありそうといった雰囲気の場所だった。オレンジ色の暗い照明がついた下にある小さな板を上げると、男は右手
をめんどくさそうに押し当てる。それから液晶画面に向かって数字のキーを打ち込むと、しばらくしてカチャという小さな音
がして、目の前のドアがスライドする。厳重な管理がなされている証拠だ。
「あ、ドクター」
部屋の中は蒸気が充満しており、まるで蒸し風呂の中にいるような感覚になる。部屋の中にはひとりの日本人青年がおり、男
が入ってきたのがわかるとそれまでやっていた作業の手を止めた。
「やっぱりダメだったよ、また失敗だ」
男の言葉は少ないが、その落ち込みようが手に取るようにわかった。目の前にあったマシン動きを止めようとした青年の手を
男はさえぎって続ける。
「いかん。ここで止めては。次の段階に進むまでは止めてはならんとあれほど言ったのに・・・まさか、この間の実験体もそ
うしたんじゃないだろうね?」
「あ、すみません・・・いえ、とんでもない。今はちょっとドクターの様子がおかしく思えたのでつい・・・前回のものはな
にもしていませんよ。ここで止めたらすべての機能がおかしくなることくらい、私にもわかっていますから」
と、いったん止めていた手をまた動かす。かなり細かいものを相手にしているらしく、青年は慎重に手元を見ていた。男はし
ばらくその様子を横から眺めている。
「・・・神谷くん」
「はい?」
「いや、いい・・・」
「なんですかぁ?ちゃんと言わないのはドクターの悪い癖ですよ。いつも言っているじゃないですか」
青年は苦笑いしつつも、手を止めることなく作業を進める。男の言葉が次にないことを確認してから、青年が言った。
「少し外の空気を吸ってこられてはいかがですか?ここ半月、一歩も外へでることがなかったでしょう。お疲れなんですよ」
「そう、だな・・・」
ぽつんと吐き出すように男は返事をする。
「少し待っていてください。これを終わらせてから、私もご一緒しますから」
「ああ、わかった。廊下にいることにしよう」
少しだけ、自由が効かなくなった右足を引きずるようにして、男はゆっくりとドアの外へと出て行く。ここしばらく、体のど
こかしらが悲鳴をあげていることを、彼自身はわかっていた。それが、自分自身のせいであることも・・・研究に没頭するあ
まり、自分自身のことを省みる余裕すらなく・・・自分が選んだ道だとしても・・・
(は、神をも恐れん研究をしている者への罰かもしれないな・・・)
男は自嘲気味に笑って、通路にあった長椅子に腰掛けた。

 研究所の庭に出ると、きちんと手入れされた芝生が広がっている。
 少しゆっくりと歩を進めるドクターの横に、さきほどの日本人青年・・・神谷秀明がついている。研究所の庭には、彼らの
ほかにも数人の人間がのんびりと日光浴を楽しんでいるようだ。ふだんの研究が研究なので、こうして庭を散歩するというの
は彼らにとって、とてもいい気分転換なのである。
 やがて、ふたりは木陰になっているところをみつけると、その場に腰を下ろした。ドクターは不自由になりつつある右足を
さする。
「ドクター・・・」
神谷が心配そうに声をかけると、ドクターは笑って言った。
「きみが悩むことではない。そんなに心配そうな顔をするな」
「ですが、ドクターがよろしければ、私たちが・・・」
「大丈夫・・・これはもう完治するものではないからね。あとは、自然の成り行きのままにしておくさ。これも私の運命だ」
自分自身のことを悟った人間と言うのは強いものである。神谷はそのことをよく知っていた。自分の目の前にいる人物が、も
ともとから芯の強い人間であることも、よく知っている。
「マシンチャイルドという・・・神をも冒涜するような行為を平気でしている私への罰だ・・・」
「・・・」
「だが、私は自分の研究が完成するまでは死ぬことはできない。いや、死ねない。だから、今は研究を最優先にしたいんだ。
わかってくれるな?私の最高の助手であるきみだったらわかってくれるはずだ。そうだろう?」
 ドクターの言葉に、神谷は戸惑った。ここでうなずいてしまってもいいのだろうが、どこかでそれを否定する気持ちがある
ことも確かだ。神谷は自分自身に問いかける。どうする・・・?
 だが、神谷が返事をすることをためらっている理由がわかっているのか、ドクターはあえて答えをそれ以上、求めようとは
しなかったが、ぽつぽつと言葉を続けた。
 マシンチャイルドの名前の由来、構想のきっかけ・・・
 ドクターが心血を注いで造っている「作品」は、まだ完全な形ではない。どうしてもおなじところでおなじ失敗を繰り返し
て、研究は進まないのだ。どうしてもカタチとして残したい。それが、今のドクターの願いである・・・

 夕刻。研究所内に設置されているカフェで、神谷はコーヒーを飲んでいた。食事を取ったあとのコーヒーは格別である。こ
このコーヒーは、インスタントなどを使っておらず、手を抜いていないということも神谷のお気に入りであった。
 テーブルの上に置いた書類を眺め、ぼんやりと考えに耽る・・・ドクターのこと。
 正直に言えば、いつ、ドクターが学会を追われてもおかしくない状態だ。研究所の中では、まことしやかに追放という言葉
が囁かれている。それは、ドクターの研究が危険であり、人類全体に影響を及ぼしかねないから、ということが一番の理由な
のだが。
(そうなったら、私はどうしたらいいのか・・・選択はふたつにひとつ。ドクターについていくか、それともここに残るか)
カチャ・・・コーヒーカップを置く音。
「人間の形をした戦闘兵器、か」
彼が口にした言葉は、そのまま・・・ドクターの研究対象である。

 人間の姿をした戦闘兵器。
 見た目は人間のそれと寸分変わらず、日常生活などもすべて「ふつう」に過ごすことができる。ただし、運動能力、反応速
度、記憶力などは人間とはまったく異なり、またそれぞれの「兵器」としての特徴を持つこともできる。
 そんな莫迦なことができるか、許されるものか。倫理問題など、難しい問題も絡んでくる。だいたい、そんな「戦闘兵器」
は完成するわけはないし、たとえ完成しても日常生活になじむことなどできるものか・・・
さまざまな声がドクターに浴びせられる。それはそうだろう。なにしろ、本当はしてはいけないこと・・・人間が人間を造る
など、ありえないことなのだから。
 だが・・・ドクターはそれらの声を撥ね退けた。自分自身のために造ると言い切った。周囲の協力などは一切欲しいとは思
わないと。
 ドクターの真意のほどはわからない。たぶん、一生わかるものでもないだろう。だが、神谷にとって、ドクターは尊敬に値
すると判断した。だから、自分はドクターについていくと決めたのだ。

 ドクターの部屋に行ってみると、膨大な資料の片隅で横になっていた。ここしばらく、体調が優れないらしく、足を引きず
ったりという行動が頻繁に見られている。そっと近づいて、ブランケットをかけようとすると。
「おお、神谷くんか・・・」
「あ、起こしちゃいました?すみません」
「いや・・・そろそろ起きようと思ったからな」
そう言うと、重い体を起こす。深いため息をついて・・・疲れているのだろう。
「食事はとられましたか?」
「いや、まだなにも」
「またですかぁ?本当に・・・きちんと食べてくださいね。あとで運んできますから」
苦笑いする神谷を、ドクターは穏やかな表情で見ている。それは、まるで息子を見る父のようでもあり、それとはまた違った
雰囲気にも見えた。
「きみは・・・私が怖くないのかね?」
突然、ドクターが言った。
「え?」
「神をも恐れぬ研究をしている・・・なにを考えているのかわからないと言われている私が・・・怖くないのか?」
「自分は、ドクターを怖いと思ったことはありません」
きっぱりと神谷が言い放つ。だが、それ以上、このことについては両人とも、なにも言わずに終わってしまった。


                  (続きます……)