Vol.4
〜Outside of a Standard≪ta・ku・ma≫〜
優しい音がする。
全身を包み込んでくれる音。
人間は水の中から生まれてきたというけれど、それは本当のことなんだなと実感できる場所。
自分が生まれてきた理由を、自分で探さねばならない。
僕が……どうして「造られた」のか。誰に問うこともできない。
どうして僕が……この世に生まれてきたのか……それを知っている人は、すでにいない。
だから、自分で見つけなければいけない。
見つけなければいけない……
自分は、何のために、この世に生まれてきたのか。
心音が聞こえる。
自分が生きているという証が聞こえる。
ここにいるんだという音。
自分が存在しているという証。
僕は……
独特の匂いが鼻をついた。
顔を顰め、ゆっくりと眼を開ける。
最初に飛び込んできたのは、白い天井。まるでキャンバスのような天井。何も描かれていない天井。
「……ん、ん〜っ……!」
軽くため息をついて、手足を伸ばした。まるで初めて背伸びをするような感覚だ。
「やっと眼が覚めたようだなあ」
聞きなれた声がした。慌てて顔を上げると、白衣を着た神谷が窓際に立っていた。声はのんびりとしているが、緊張し
ているというのも確かだ。少し無精ヒゲが見える。
窓の外はすでに明るく、太陽がかなり上に昇っていた。
「っ!今、何時ですか?!」
「大丈夫。帰るのは明日の便だろ?半日眠っていただけだよ」
神谷の言葉に、琢磨はほっとした。でも、なんで半日も眠っていたのだろう?
首を傾げていると、あくびをひとつした神谷が言った。
「自分でシステムダウンさせていたのは覚えているな?そのまま回路がショートした状態だったんだ」
「回路…」
「っていっても、琢磨くんはロボットじゃないからね。たとえればってことなんだけれど」
そう言いながら、神谷は先ほどから外を見ている。不思議そうに見ていた琢磨に、神谷は窓の外を見たまま続けた。
「そろそろ……ここも限界かな。連中に見つかったらしい」
「え?」
「きみを…≪ta・ku・ma≫を狙っている連中だよ……精巧なマシンチャイルドのきみを狙っている」
「なぜ?」
「あのな……きみはたったひとりのマシンチャイルドだ。ドクターの研究を自分のものにしようとしている輩もたくさ
んいる。私の自宅にも、先日、泥棒が入ったんだよ……幸い、自宅にはきみのことに関する資料は置いていないからい
いようなものの……ここがバレるのも時間の問題だった」
「神谷先生!」
「大丈夫。必要なものは別の場所に全部移した。どちらにせよ、この研究所にはなにも残っていない。地下室のものも
、すべてさっき、移動が終わったからね……きみを捕らえて、研究材料にしようと考えている連中は山ほどいる……そ
ういうやつらだ」
立ち上がり、音もなく神谷のとなりに立って窓の外を覗き込む。
「でも、僕がフォーミュラーのテストパイロットだということは、調べればわかることじゃないですか。だったら、そ
れを利用するとかどうとかないんですかね?」
「そんなことしてみろ。大騒ぎになるだろうが」
「そりゃそうですけれど」
芽吹いてきた木の枝の間から、数人の男たちがこちらを伺っている。
「ひとり、ふたり……三人………」
「まだ向こうにもいるよ」
こんな映画みたいなこと、まさか自分のみに降りかかってくるとは思ってもみなかった。
琢磨は自分の全神経を集中させる。
「先生、この建物の中で僕が使えそうな機械は?」
「なに?」
「もう空っぽですか?」
「いや、地下室に例の装置だけはある……もう、古いからね。なぜだ?」
「わかりました。とにかくこの部屋からは逃げましょう。確か外へ脱出できる通路、ありましたよね。そこへ急いでく
ださい」
「琢磨くん!」
「早く!」
部屋のドアを乱暴に開け、琢磨は神谷の腕を取ると、脱出できる通路へと急いだ。その間にアタマの中で建物の中の機
械をすべてスキャンすると、神谷が言っていた古い機械を探し当てた。
「っ!」
後方から誰かがやってくる!
「おい!止まれ!」
「そっちにいったぞ!捕まえるんだ!!」
微かに火薬の匂い。これは……!
前方と後方から囲まれた形になる。琢磨の眼が真っ赤に染まった。ホントはこんなことはしたくないんだけれど。自
分たちの身を守るほうが先だ。本末転倒になってしまうかもしれないが、この建物から脱出したら……
地下室にあった機械の心臓部分を探し当て、自分の体内回路と「接続」する。
神谷をひっぱり、建物を飛び出した直後に琢磨は振り向くと、大声で建物に向かって叫んだ。
『ファイア!』
次の瞬間、周囲に轟音が轟いた。
小さな黒い物体が、ものすごい勢いで山道を下ってくる。
運転席には琢磨、助手席には神谷がいた。ふたりとも、顔が煤で汚れていたが、そんなことにはかまっていられない
という様子だ。必死の形相でハンドルを握る琢磨の、その見事なドライビングテクニックに、神谷は妙な感心をしてい
た。さすがはF1パイロットである。ギリギリの段階での運転だった。
やっとスピードを緩め、琢磨がクルマを停めたのは、遠くが見渡せる場所だった。
「……」
遠くに見えるのは、燃え盛る建物。
「神谷先生、大丈夫ですか?」
「ああ……琢磨くんこそ」
「僕は大丈夫ですが……それにしても、やられちゃいましたね……まさか、襲ってくるとは」
パトカーの音や消防車のサイレンが聞こえてくる。
「ハデにやりすぎちゃったかな?」
そういうと、琢磨はぺろっと舌を出した。まるでいたずらをした子供のように……
神谷は正直、驚きを隠せなかった。
まさか、遠隔操作までできるなんて。人間でもないしロボットでもない、サイボーグでもない。その身体に不気味な
「ヒミツ」と「可能性」を秘めている……
(一体、彼はどこまで進化していくのか……)
今はテストパイロットだからいいが、もし、本当に彼がデビューしたら……レースに集中するあまり、感情をコントロ
ールできなくなり、周囲に多大な影響を与えるようなことがあったら。ないとはいいきれないのだ。
「僕たちを追いかけてきた奴ら、全員、あの中にいますね。あの炎の中に」
それが、まるで「ふつう」のように、琢磨は言った。一瞬、背筋が凍った。この横顔は、いつか見た……そうだ、ドク
ターの横顔。≪ta・ku・ma≫が目覚めるときに見た、あのゆがんだ笑顔とオーバーラップする。
「たく……」
「はい?」
と、次に神谷を見たとき、それはいつもの「琢磨スマイル」になっていた。
「いや、なんでもない」
そう言うと、神谷はふたたび助手席に座りなおし、燃えている研究所を見つめた。
真っ赤な眼で、再び前を見据える。
『これが返事だ。僕を狙っている奴らへの……挑戦状。捕まるものか……僕は……≪ta・ku・ma≫は、絶対に奴
らには服従しない!』
「奴らを捕まえるには絶好のチャンスだったじゃないか!!」
「い、いや、それは……そうなんですが、まさかリモートコントロールまでできるとは」
「ドクター・クラウドのことだ。妙なシステムまで搭載されていても不思議ではない。それくらいは予測がつくだろう
!それに……あの爆破は≪ta・ku・ma≫からの挑戦状だ」
「え?」
「我々に対する返事が、あの爆破だ」
「挑戦状?彼が?」
「ああ。立派なものだよ……やつは、自分のことをわかっている。狙われているということもな。だから、それには屈
しないということだ。だったら、我々もそれに応えようじゃないか」
「なるほど」
「新たにプロジェクトを立ち上げろ。殺された連中の処理は任せる」
「かしこまりました。プロフェッサー」
神谷を送り届けてから、琢磨は自宅に戻った。
家には誰もおらず、ひっそりと静まり返っている。両親は相変わらず忙しいのだろう。今夜は戻ってくるかもわから
ない。まぁ、ここにいればいいのだが。せめて明日、帰る前には顔をあわせたいなと思うのだが。
埃だらけだったので、シャワーを浴びてからリビングに戻る。
テレビをつけていても、見ているのか見ていないのか………
「あら、琢磨」
びくっ。
「母さん……」
「帰っていたのね。言ってくれればよかったのに。どうしたの?」
「うん。神谷先生のところに行ってきた」
琢磨の言葉に、母の顔が曇った。
「なにかあったのね?」
「ちょっと……」
「無茶はしないでとしか言えないけれど……あら?」
テレビのニュースが切り替わった。
「ただいま入りましたニュースです。Y市郊外の……で…」
今度は琢磨の表情が変わった。ニュースの画面では、燃え盛る建物を克明に映している。
「建物の中から数人の焼死体が発見されました……警察では身元を確認するとともにこの家の所有者を……」
(やっぱり、な)
神谷がうまくやってくれるはずなのだが。
「琢磨?」
「あ、ごめん」
「関係があるのね……?」
母、鋭い。琢磨が言葉を濁したことを、鋭く読みとったらしい。だが、それ以上はなにも言おうとはしなかった。ただ
、琢磨を見て少し寂しげに笑っただけだった。
「さ、お夕飯にするわ。どうせ明日には帰っちゃうんでしょ?ちょっと張り切っちゃおうかな」
つとめて明るく振舞う母に、琢磨は感謝した。両親を巻き込むことだけはしたくないから……
と、玄関のドアが開いた。
「ただいまー……琢磨、帰っているのか?」
「あ、おかえりー。帰ってるよー」
「おかえりなさい」
一家団欒の時間が始まる。
その日、自宅の電気は遅くまでついていた。
(続く。ブラウザの「戻る」で戻ってください)
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